高卒者が大卒者を嫌いになってしまう理由|高卒の僕が考えてみた

高卒として社会へ出ると、自分が高卒であることにコンプレックスを感じてしまい、

「大卒は嫌いだ!」

というような考えになってしまうことがあります。

これは、高卒として働いてる僕の周りにいる人たちも同じ意見を持っており、高卒で働く人は必ず感じてしまうことだと思います。

ではなぜ高卒者は大卒者を嫌いになってしまうのでしょうか。

この記事では「高卒者が大卒者を嫌いになってしまう理由」について書いていきます。

まだ社会へ出ていない学生さんは特に、世の中の現実を知ることができますので、ぜひ参考にしてみてください。

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大学生活を楽しんでいる人たちへの嫉妬

高卒で社会に出た時、いきなり生活のリズムが社会人モードになるのはとても辛く、今まで高校では朝8時30分から授業が始まり、15時過ぎには帰宅できる生活でした。

授業だって別に他のことを考えていてもいいですし、ぼーっとしていても注意されることもありません。

適当に過ごしていればいつの間にか一日が終わっていました。

当時の僕は、高校へ勉強しに行っているのではなく、友人に会いに行っている感覚で、単に3年間遊んでいただけの記憶しかありません。

それが高卒で入社した途端、朝8時から17時までみっちり仕事をコミュニケーションなさなければなりませんし、さらに50分おきに10分間休憩があった高校時代と違って会社にそんな休憩時間はありません。

また、高校では周りにいる人は同級生だけでしたが、会社では何十歳も年の離れた同僚と一緒の仕事をしなくてはいけませんし、人間関係で毎日ヘトヘトになっています。

そんな高卒の僕が日々会社と闘いながら過ごしている中、大学へ進学した友人たちは今も高校時代と変わらない生活をしていて、自分が汗まみれで働いている間のんびり大学生活を楽しんでいるのです。

「仕事大変だろ?俺もアルバイトやってるから分かる」

と、大学在学中の友人に言わるのもちょっとイラッとします。

僕が大学に進まず高卒で社会に出た理由は、とても恥ずかしいですが

「早く自動車を買いたくて、勉強も好きではないことから高卒で就職しよう」

という安易な考えからでした。

それから社会人になり中古で自動車は買えましたが、安月給では維持することさえ大変で、ガソリン代を節約するために駐車場にずっと置きっぱなしという本末転倒ぶりです。

このようなことがあり、僕は何のために働いているのか分からなくなる時があります。

「こんな事なら大学に行っときゃよかった」

と思ったことは何度もありますし、いっそのこと会社を辞めて大学を受験しようかと考えたことも1度や2度ではありません。

それほど大学生活と高卒新入社員の生活は違うのです。

 

大学4年間自由なのに就職後は大卒の方が優遇されるから

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大学に行った友人に大学生活はどういうものかを聞いたら、

「単位を取るために授業には出るけど、聞いていないし出席すれば良いだけだから勉強なんかしてない」

「サークル活動がメインだからそのために大学に通ってる」

など、そんな会話ばかりです。

会話の内容も自分には分からない大学の講義の話やサークルの話ばかりで、自分が全く知らない世界の話をしているので話が全く合いません。

大学に進学した友人と、高卒で社会に出た自分とのギャップに驚き、友人が全く違う環境に住んでいるのだと感じました。

自分が働いている時に、友人は大学に行って友人と楽しく会話をして、親から仕送りももらっています。

大学は楽しいことしか無いということが羨ましい反面、

「なんでこんな事を4年間やって就職できるんだろうか、こんなことしかしていない大学生活に何の意味があるのだろうか」

と本気で考えてしまいます。

 

僕の会社の入社式の日、新入社員は同じ高卒者だけでした。

「この会社は高卒しか採用しなかったんだ」

とその時は思っていたのですが、5月頃の社内報で入社式の写真が掲載されており、そこには別会場で大卒だけの入社式が行われていたのです。

入社式にはグループの代表が出席していましたが、高卒の入社式は各支社単位の簡単なものだということを知り愕然としました。

高卒と大卒は同期であって同期でなく、明確に区別されているんだという事を知り、悲しい気持ちになったのを覚えています。

大卒入社組は将来的な管理職候補で、高卒組は退職するまで出世なんてしないという現実を突きつけられた時、友人の言葉を思い出しました。

「大学なんて遊びに行っているだけ」

大学で4年間遊んでいるだけなのに、

「なんでこんなに扱いが違うんだ」

「なんで大学という場所に行きさえすれば学歴が低い社員より出世できるんだ」

「大学で遊んだ後に社会へ出て、本当にそれで高卒より高い能力が得られるのか?」

僕は散々考えましたが、しかしこれは変えようのない現実です。

やはり日本は学歴社会で、大学名が良ければ良いほど社会的信用度も高く、良い就職先が見つかって良い人生を送れると分かり、僕は大卒者に強烈な嫉妬を覚えました。

 

高卒者は学歴でバカにされているような気がするから

大学に行った友人と、彼の大学の友人を交えて飲みに行く機会が合った時、彼の友人にこう聞かれました。

「〇〇さんはどこの大学に行っているの?」

世間は大学に行っていることが普通で、まさか高卒で働くことなんて眼中に無いかのように聞いてきます。

友人が「こいつは高卒で今社会人だよ」と言うと

「あ、そうなんだ。家庭の事情とかで?」

とまるで大学に行かなかったのは家庭の金銭問題のように聞いてきます。

確かに、勉強が嫌いで「自動車に早く乗りたかった」というどうでも良い理由で社会人になったので何も言えなかったのですが、大学に行かずに高卒で就職することは、何か事情があると見られるのだとその時はじめて理解しました。

悪気無く質問してきたのだと思いますが、高卒でいるとこんな言われ方をするのかと、大学に行かなかった後悔と伴に、

「世間は高卒に対しての偏見の目がある」という事に気付かされ、世間が無意識に自分を馬鹿にしているのではないかと思うようになりました。

高卒は馬鹿にされているのではないか、と感じるのはプライベートだけにとどまらず、会社でもあります。

出張先では、出身地を聞かれ「じゃあ〇〇大学出身?」とか聞かれることがありました。

大学に行くことは、社会で働く前に当然通過するものなのではないか、それをしていない自分は社会から少し離れたところで生きている様に感じられ、疎外感を覚えたのを覚えています。

 

人生がやり直せたら大学に行くのか

高卒社員として働くコンプレックスを抱え数年が経ち、仕事を覚え任されるようになった時、少しずつ自分の考え方に変化が起こりました。

それまでは「高卒の自分は出世もできないし、会社は認めてくれない」

とスネて生きていたのですが、仕事はそれなりに好きになり一生懸命取り組んでいます。

「大卒には負けられない」

という反骨心もあり、学歴は低いながらも与えられた仕事を完璧にこなしていると、毎年の評価はA評価をもらえていて、昇給額もそれなりに多くなっています。

自分がどの様な役割を会社から求められているのか、どの様な人材として求められているのかを日々考え実践していると、次第に会社の評価も上がっていきました。

大卒社員からも一目置かれる存在になることができ、学歴コンプレックスはすっかり無くなりました。

今では、大卒には大卒なりの役割や業務があり、苦労もあるという事を知り、大卒だから評価されていると思っていた当時の自分を恥ずかしく思います。

高卒社員にだって高卒社員なりの役割がありますし、大卒社員にはできないことで、会社にとって大切なパートであると考えられるようになりました。

確かに大卒で入社することは有利に働くことは分かっていますが、それだけ業務のハードルは高くなりますし、求められる結果も高くなります。

責任も高卒社員より多くなり、プレッシャーもストレスも多くかかります。

大卒だから楽に仕事ができる訳でもなく、楽に出世できる訳でもありません。

それぞれ会社に必要なパートを担っているということが分かるようになったのです。

しかしもしも、今人生がやり直せて高校卒業後の進路を選べるのなら、多分大学に行っていたと思います。

それは高卒で就職することにコンプレックスがあるという意味ではなく、自分の可能性を広げられると思うからです。

大学に行っていれば高卒ではできない職業や業務を選ぶことができますし、一段レベルの高い仕事もできます。

単純に「学歴がほしい」という意味ではなく、「学ぶという事の重要さ」を知っている今であれば、大学に行っても他の学生のような無駄な4年間にしない自信があります。

 

最後までお読み頂きありがとうございました。

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